基本動作

「基本動作がしっかりしてないな、あいつは」

「基本動作が身についていて、安心できるね」

 

基本動作と聞くとまるで空手の型のようだが、前職の会社ではこのような会話がしょっちゅうあった。もちろんこれらは2年目くらいまでの若手に大して、周りの同僚が下す評価だ。

 

基本動作には色々な種類があった。

 

一の型「電話捌き」

誰宛ての電話でも必ず新人が取る、3コール以内に取る、もしもしは言わない、コール音を聞き分けて社内・社外向けに異なる応答をする(前者には部署名、後者には会社名を伝える)、不在の人には簡潔で・見やすいメモを(手書きで)残しておく。子コール音聞き分けは、絶対音感とアスリート級の反射神経を必要とし、不在者メモは字が汚い人間には習得に10年はかかる。「もしもし1年・コール3年・メモ取り10年」とは、電話を極めることの難しさを物語る、業界では常識の標語だ。

 

二の型「報連相の舞」

いわずと知れた一撃必殺。字面だけなら九頭竜閃にも引けをとらないこの型は、とにかく上司や周りの人に、分からないことがあれば相談し、何か起こったら報告し、とにかく連絡を絶やさないことがカギとなる。ただし、度が過ぎると「自分の頭で考えろ」という反撃を食らう可能性が高い上、その度がどこにあるのか、報連相されている本人も良くわかっていないという神秘的な基本動作だ。

 

三の型「タクシー押さえこみ①」

タクシーに乗るには1,000円札が必須だ。もちろん、クレジットカード・SUICA・万札等、他にも支払いオプションはあるのだが、電話も自分で取れないくらい一分一秒を争う刹那の世界を生きる先輩サラリーマンは、若手が支払いしている時間を待てない。上記のオプションでは、到着と同時に支払いを完了させて飛び出すということが出来ないのだ。そこでもたもたしていると置いて行かれるか、あとで叱責を受けることになる。

「千円札は山ほど用意しとけってあれほど言ったろうが!?」

社会人になって、学生時代とうってかわって万札にお世話になると思ったら大間違い。千円札との深い付き合いはむしろ社会人になってから始まるのだ。

 

四の型「え、もう会計終わってるの?」

客先との会食も終わりの段、「それでは、お会計はこちらです・・・」等と店員がやってきたらもうアウト。お会計という無粋な行為を、会食という神聖なる儀式の場に持ち込んではいけないのだ。従い、若手は会食が終わりそうだという雰囲気を麻薬犬並の嗅覚で嗅ぎ付け(デザートが出たタイミングが概ねベスト)、手を洗いに行く雰囲気を醸し出してレジで颯爽と会計を済ませるのだ。お店によっては「お席までお持ちします」という破壊工作を図る者もいるので、「いや、ここで。絶対ここで。今っここで」と断固会計を遂行する実行力が求められる。当然だが支払いは全額若手のカード立替である。

 

五の型「タクシー押さえこみ②」

客先との会食の帰りにはきっちりとタクシーを用意しなければならない。お客様が上司と会話を楽しみながらお店から出てきたタイミングで、「キキッ」とタクシーが現れるのが理想だ。この為には、全員を席を立つその前に早めに店を抜け出し、タクシーを捕まえておく必要がある。但し、ここにはいくつかの落とし穴がある。まず、若手には同時に「忘れ物ないかな~」と言いながらテーブルの下を確認するという重要な役割がある。これはすなわち、全員が席を立った後にお店の残ることを意味し、タクシー押さえ込みとの両立は多重影分身を用いる他不可能ということになる。この場合は、二番目の若手が「忘れ物ないかな~」を担うことになる(若手が一人しかいない場合は、多重影分身の他手がない)。また、当然、お客様にタクシー代を払わせるわけにはいかないので、タクシー券という魔法のチケットを用いることになる。あのマダンテでさえMPを全て消費してしまうという難点があるように、この魔法も万能ではなく、対応出来るタクシー会社に限りがある。特に個人タクシーの2大分類「ちょうちん」と「かざぐるま」はランプの見た目が似ている為、遠目からでは誤認してしまう可能性もあり、お客さんを乗せてタクシー券を運転手に渡した時に発生する「これ、うちでは使えないよ」はタクシー押さえ込みの型の中で最も注意を要するカウンター技である。

 

そんなこんなで6年超の社会人生活を通じて、これらの型はどう活きているんだろうか?実戦で役立っているのだろうか?とふと思うことがある。

今のMBA生活に照らし合わせて考えてみた。

 

 

一の型「電話捌き」

働いていないので、オフィス電話を取ることがない。

 

 

 

二の型「報連相の舞」

報連相をする人(ざっくり言うとちゃんとメール返信する人)としない人のバラつきが非常に大きいので、自分だけしっかりやっている(と思っている)とむしろイライラする。

 

 

 

 

三の型「タクシー押さえこみ①」

UBERがある。

 

 

 

四の型「え、もう会計終わってるの?」

働いていないので、会食がない。

 

 

五の型「タクシー押さえこみ②」

UBERがある。

 

 

 

改めて眺めてみると、苦労して身に付けた甲斐があるな、基本動作君よ、うんうん、という感じだ。

 

 

という気持ちになるための訓練を今日から積みたいという気持ちだ。

 

 

しかしながら、米国で強く感じるのは、「やったほうがいいけど面倒くさいこと」をやるレベルのばらつきが非常に大きいということ。例えば、ミーティングに遅れない、締め切りを守る、状況を相談・共有する(まさに報連相)、等。特に今の時期は多くのMBA生にとって就活という一大事が発生している為、他のことへの関心が薄いということもあるが、クラブ活動や授業のチーム等でちゃんとコミットしない人間はかなり目につく。前に述べた投資コンペの運営でも、コンペのまさに当日に1時間半遅刻してきたメンバーが居たが、一言も謝りもせず「やっほ~♪」という感じで入ってきて、しかもそのまま何も手伝わず椅子にぼけっと座っているのを見た時にはさすがに驚いた。

私自身、特にマメなタイプではないが(家族から「なんですぐやらないの?脳みそ腐ってるの?」と良く言われる)、それでも投資コンペのメンバーからは、「凄まじいコミット」との評を得て、西海岸地域大会に学校の代表として観覧する(参加じゃないよ)権利をもらった。これは私が何か特別なことをしたわけではなく、標準的な日本人であればおそらくほぼ同じ結果になっていると思われる。

日本の強みは、いわゆるトヨタ自動車に代表されるオペレーション力ある、というのはこういうところから見ても正しいのかもしれない。アメリカのような良くも悪くも多種多様な人々が入り混じる社会に比べて、日本人の平均的な労働力(コミット力?)はおそらくかなり高い。まさにMBAのオペレーション(*)の授業でも、最近トヨタ生産方式が扱われた(最近といっても、扱った事例は90年代初頭の話。それがまだ最前線で活きているということ)。事例のトーンは「トヨタすげー」。他のどの自動車メーカーと比較しても、いかなる数的指標においてもトヨタは優れていて、その背景にあるのは独自の生産方式にあるという話だ(Toyota Production Systemと呼ばれるもの)。

(*)どうやったら能率的に生産が出来るか?を考える科目。原料投入や生産手順、配送方法や受注方法について、統計や数学を使ってパズルのように最適解を考える。

 

でも、一方で、ちょっと状況が変われば、もしくは、ちょっと考え方を変えれば必要がないものまでサルの一つ覚えのようにやり続けてしまう、そういう不器用さもあると言えばある。当たり前のことを当たり前のようにやれる、という素晴らしい能力を残しながら、一方で、自分の頭で考えて、基本動作とか言ってないで本当に必要なこをみんなで議論して、実行できるようになったら、日本人って結構すごいんだろうな~となんとなく感じている。

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