Class of 2010

Class of 2010 B

私の場合は、一番苦労したのがTOEFLとGMATでした。今振り返っても私のとったやり方は正直参考にすらなりそうもない失敗を多々含みますが、「体験記」ですので、体験したことをそのまま書いてみます。これだけ失敗しながら1stで合格できるケースがある、ということでポジティブに考える参考にしていただければ幸いです。

1何故MBAを受験したいと考えたか

外資系コンサルティングファームに勤務し丸2年、ある分野のエキスパートとなったこと、及び英語が社内基準で全く出来ない部類だったことで、武者修行も兼ねてシカゴに転勤することになりました。初めての海外生活に戸惑いながら、現地の素晴らしいビジネスのやり方やライフスタイルにようやく慣れてきた9ヶ月目、自分のプロジェクトが日本に横展開し、急遽帰国を余儀なくされ、初めてMBAを思い立ちました。具体的には、

・ もう少し海外経験を積みたかった。帰国後はエキスパートとして欧州やアジアのプロジェクトに参加する機会が増え、その度に毎回本気で、今後国際的に働くためには、一層の英語力や国際的なビジネス感覚が必要、と実感していたこと
・ 国際的なエキスパートになりきるのでなければ、どんな道を歩むにせよ、マネージャーになる前に一度ジェネラリストに戻る必要があり、経営に関する「一般常識」を整理したかった
・ 単に疲れたので休みたかった

という3つの理由で、MBAに興味を持ちました。
(注:「休む」はもちろんのこと、「英語力を伸ばす」、「一般常識」という内容を、出願書類に直接書かないほうが良いと思います。英語力はあることが建前上大前提のはずですので。念のため)

2 志望校をどう選んだか

当初はあと1年海外にいれればいいやと思い、当時米国嫌いだった妻の考えも尊重し、欧州がいいだろう、と考えていました。ところが、調べていくうちに、私の志望動機「英語とビジネスの理解・感覚を深める」でMBAに行くなら、やはり母国語が英語で、MBA発祥の地である、米国の方が良いのではないか、という意見を多く頂き、自分でもそういう考えに至って、併願することに。

まずはウェブサイトや人から伝え聞く評判ベースで調べ、下記の条件で絞りました。
・ 欧州では、トップスクールと呼ばれている1年生の大学
・ 米国では、自分のライフワークにしたい、テクノロジーに強みがあるところ。ただし、一度住んだシカゴ周辺および、妻が住みたくないところ(ニューヨーク、田舎、治安が悪そうなところ)は、自動的に却下

仕事を持つ妻とMBA行きを議論する中で、そもそも本当にMBAに行くのか、住環境は大丈夫か、ということが大きな問題になりました。そこで、2007年8月下旬~9月上旬に、欧州と西海岸の大学を夫婦で訪問しました。このときに会った在校生との話、アドミッションとの話、周辺の環境を見て、本当に行きたいところのみ受験し、失敗したらMBA自体をあきらめる、という方針に固めました。

3 出願スケジュール

2007年1月:  受験予備校の無料説明会に参加。第1回TOEFL(iBT)受験
2007年1月~12月: TOEFLを受験(後述)
2007年2月~4月: 予備校にてTOEFLとGMATの授業を受ける
2007年5月~08年1月: GMATを受験(後述)
2008年6月: エッセイカウンセラーを申し込み
2008年8月下旬~9月上旬: 大学訪問
2008年9月~: エッセイ作成、推薦状依頼
2008年11月: Haasに1stで出願
2008年12月: Haasインタビュー
2008年1月: Haas合格
2008年5月: 全大学の結果/途中経過を見て、Haasに決定

4 TOEFL

一番苦労しました。私がMBA受験を決めた2007年1月は、その丁度2ヶ月前にTOEFLががCBTからiBTに切り替わったばかり、という時期でした。今とは全然状況が違うと思いますが、一応点数の軌跡と共に、当時の反省をしてみたいと思います。

2007年1月5日: 某予備校の無料診断テストを受ける。本番を1/2に短縮したようなテストだった。91点ということで、一応一番レベルの高いコースを選択可能に。

2007年1月13日: 無勉強で初めて試験を受ける。実はこの週が仕事のピークで、木曜日は睡眠1時間、金曜日も睡眠3時間で、土曜の朝8時のテストを受ける。”30分前に到着のこと/遅刻者は受けられません”の注意書きを行きの電車で発見し、途中駅で急いでタクシーに乗り換え、ぎりぎり入室。ReadingとWritingの試験中に腹痛が酷くなり、終わらず。この状況で、結果はR19,L18,S17,W20の合計74点でした。テストの傾向がつかめたのはプラスでしたが、これが自分の実力なのかどうか判らず困った。とりあえずRとLの点が低かったので、RL対策の授業を追加で申し込むことに。

2月~3月: 某予備校のスピーキングのクラスを受講。この頃はまだ対策法が確立していなかったらしく、とにかく繰り返し受験してなれるのと、オンラインで添削をしてもらえる、の2つが売り。一応受けた価値はあったかもしれない。

3月5日: 2回目の試験。今回ははるばる横浜の奥地へ、30分前に到着。が、なんとパスポートを持ってき忘れた。免許証やクレジットカードで入れてもらおうとするが入れてくれず、「試験開始後30分まで待ちますので、取りに帰ってください」といわれたが、仮にタクシーで往復しても間に合わないことがわかったため、泣く泣く$170+往復交通費をドブ(ETS)に捨てることに。

家に帰って妻の白い視線に申し訳なくなりつつ、次の予約を試みると、2ヶ月先まで予約でいっぱい。この頃は、まだiBT導入直後のため、受験者数に対して会場数が圧倒的に少なく、まるで2002年の日本のワールドカップで空きチケットを購入するかのように、毎日某匿名掲示板をチェックして「XX会場ができた!」という情報を見た瞬間に予約を試みるがSoldOut、というなんとも虚しい作業によく没頭していました。ただ、お隣韓国の事情はもっと悲惨だったらしく、「妹がTOEFL受けるが、韓国に会場がなかったので日本の”Tsurumi”という場所に受験に来るから、近くのホテルを教えてくれ」なんて韓国人の同僚に頼まれたりしていました。

4月: 追加で取ったR&L対策の授業を1ヶ月で受講。これは、時間内に正確に解き切るための、思いの他良い練習になりました。高かったけど、その分の時間を買えたと思います。

5月5日 R27,L26,S19,W25 Total97
ゴールデンウィークの前半をToeflに充てて出た結果がこれ。ListeningとWritingに満足できなかった割には、あと3点でとりあえず100を超える、と言う事で、予備校で勉強した成果もあったな、と確信。次で100を超えることを祈る

6月16日 R28,L29,S20,W22 Total99
惜しくも100に届かず。自分でも良くわからなかったのが、とてもよくできたはずのWritingの点が22に下がっていたこと。Speakingは改良の余地がありそうなので、次は100を超えるだろう、と思い、予定通りGMATとエッセイ書きに比重を移す

8月11日 R29,L24,S20,W22 Total95
初めて「点数が下がる」ことを経験し、愕然となる。Writingも5月より上手くかけたのに、なぜ上がらないのか不思議。この点数を受け取った日に、もはやTOEFLを勉強する時間があまりないことを考え、また一番の問題点は「実際の問題への慣れができていない」(市販の問題集と実際の問題があまりに違い、問題集に慣れると却って弊害が多い)であると考えて、会場数が増えて可能になった「数打てば当たる」作戦を結構すべく一気に7回分予約。

9月12日 R29,L27,S17,W22 Total95 (何でSがそんなに低いのだろうか?)
9月21日 R28,L29,S20,W21 Total98 (Wが上がらないのは何故?)
10月6日 R25,L27,S23,W21 Total96 (せっかくSが23出たのに、Rが低いとは、、、)
徐々に試験自体へ慣れてきたことを実感していたが、まだ結果が伴わず、残念ながらこの結果を見た時点で、多くのビジネススクールに1stで出せないことが確定してしまう。ただ、自分の場合は志望校5校のうち3校は、実質TOEFLを足切りには使わない大学であったため、諦めずにあと4回で出し切ることを決意。

11月2日 R29,L26,S22,W25 Total102
ついに100を超えてくれました!しかも、Haasの1stの出願締切が11月5日だったため、「11/2の結果が後から送られてくるため、空欄」という状態で出願し、そこに過去最高の結果が上手くはまった時の感激は一入。11月は月に3回受けるので、残りの結果も期待

11月11日 R28,L27,S20,W25 Total100
11月24日 R28,L28,S20,W29 Total105
そして、今まで最高25で止まっていたWが突然変異で29点を出し、めでたく当初目標の105点に到達。このときも、自分では出来が良くない、と思っていたために、何故良い点になったかは不明

12月8日 R29,L28,S20,W21 Total98
上の105点の結果を聞いた直後に、力が抜けて自分では一番良くできた、と思ったこの回も、久しぶりにW21点となり100未満となる。この結果を見て、105点でストップさせることにしました。

学びとしては、下記くらいは言えるかもしれません。
・ 集中的に受けまくって、本番に慣れまくる(又は、統計的異常値を狙う?)のは、切羽詰ってからはある程度効果有
・ 初志貫徹+最後まで諦めない
・ 凡ミスは犯さない(パスポートは忘れない)
・ 敵を甘く見ず、出陣前の準備は想像より重めに、後から要らなくなったものを脱ぎ捨てていくべき。(もっと早い段階で、予めテストの予約を10回分(月2回X5ヶ月分)くらい入れておいても良かった。また私の場合はWritingだけケチって予備校に通わず安い問題集で済まそうとしたことが、裏目に出たのかもしれません)

5 GMAT

TOEFLの次に苦労したのが、このGMATです。

2月: AWAの授業に1ヶ月通う/ただし、うち1回は海外出張のため授業を受けれず。

3月~4月: Verbalの授業(講義)に2ヶ月通う。

5月11日: 1回目の受験@四谷 V25,M50,AWA4.5 Total 620
もうちょい出ると思ったが、授業直後でこれなら何とかなるのではないか、と考える

6月: Verbalの授業(演習)に通う

8月21日: 2回目の受験@四谷 V28,M49,AWA5.0 Total 650
何故か数学の点が悪かったが、一応多くの大学に足切りにはならない点が出て、一安心。ここから御盆休みにつなげて1ヶ月の休暇を取り、キャンパスビジットの合間に勉強し続け、次こそ大丈夫だろう、と思っていた

9月25日: 3回目の受験@横浜 V21,M50,AWA4.5 Total 600
恐らくこの日が、2007年の1年間で一番凹んだ日でしょう。なんでわざわざ1ヶ月休暇とって勉強した結果が、過去最悪になるのか、、、。Verbalを解いている最中は、Reading問題が3回終わるまでは、見たことの無い長くて難しい問題ばかりが並ぶ恐ろしい難易度だったので、かなりの手ごたえを感じていたのですが、4回目のReading以降普通の難易度に戻って、惰性で解いていたらこの無常な結果。さらにこの日、10月から多忙なプロジェクトに入ることが決まり、今後平日に休暇を取ることは勿論、GMAT向けの勉強すらする暇は無いだろう、という絶望感に打ちひしがれました。

10月28日: 4回目の受験@博多 V31,M50,AWA4.5 Total 670
平日に受けられない、となると、関東圏から飛び出る以外にGMATを受験できませんでした。そこで、思い切ってマイルを使い(思い切ってない?)、博多まで行ってくることに。福岡空港から試験会場までのアクセスが良いため時間があまり、近くの屋台のとんこつラーメンを食べ神社で御参りしてから受験。普段の閉塞感があり鬼気迫った顔をした人が隣にいる都心のビルでの受験ではなく、開放感のある専門学校の明るい教室の片隅にあるブースで、1人でゆったり受験できたのが良かったのか、9月の失敗が嘘のように普通に最高点が出ました。ちなみに、9月25日以降、GMATの勉強は当日朝の飛行機の中で予備校のテキストを読んだ以外一切出来ませんでしたし、当日Verbalで出てきた問題も、途中で諦めてやめたくなるくらい、簡単そうな問題しか出てきてない印象で、なぜ前回より10点も上がったかはよく判りません。とにもかくにも、こうして11月5日のHaas 1st roundに、ぎりぎり間に合いました。

2009年1月5日: 最後の受験@大阪 V31,M51,AWA4.5 Total 700
2nd以降に出願する大学があったこともありますが、とにかく最後の1回だから受けに行っていい点が出たらラッキー、という気持ちで、年明け早々またもや新幹線で旅に。今回も仕事と他校のエッセイが忙しく、ほぼ無勉強でしたが、Mathが完璧だったおかげで700点に。またもやVerbalは最初から最後までずっと簡単な問題しか出ず(しかも感覚を忘れて解くスピードが異常に遅い)、何故30点を越せたのかはよく判りません。ちなみに後述のように、キャンパスビジットのときに偶然知り合えたアドミッションの方に連絡を取り、TOEFLもGMATも出願後に最高点へ振り替えてもらうことが出来ました。

学びとしては、
・ 勉強する時間が無くても諦めない。よく短期集中が良い、と言われるが、人によっては、猛勉強した直後よりも、時間を置いてリラックスした環境の方が、いい点が出る可能性がある
・ たとえ猛勉強した結果、点数が急激に落ちても、諦めない
・ 問題は無心でとくべき: 簡単そうな問題しか画面に出なくても、変に「これやばいんじゃない?」とか思わなくても良い。逆もまた然り
・ 敵を甘く見ず、出陣前の準備は想像より重めに、後から要らなくなったものを脱ぎ捨てていくべき。(TOEFL同様。Official Guideの問題は、GMAT KINGなども用いて、もったいぶらず初めから覚えこむくらい、早めに何度も解きなおして、やり尽くしてしまって良いと思われる)

6 エッセイ、推薦状、キャンパスビジット

6月ごろから個人カウンセラーの方と相談を開始。事前に志望校が絞れていたので、8月半ばにある程度どういう内容でビジネススクールに私を売り込むか方針決定し、その後はとりあえず1人で実際に書き始める。Haasのように小問が数多く出てくるエッセイか、Stanfordのように問題数は非常に少ないが一問一問が重いエッセイか、どちらから取り組んでも良かったのですが、私の場合は書きながら新たな発見を付け足したい、と考えてHaasのエッセイを真っ先に書きました。

8月下旬~9月上旬の1週間で、妻と2人でキャンパスビジットを決行。まずフランスに旅立ち1校見学、スイスで1校見学、フランスに戻りもう1校見学後、成田経由でサンフランシスコに行き、そこでHaasとStanfordを両方見て日本に帰る、という強行軍でした。8月~9月頭だと、普通の授業が始まっていたのはHaasだけだったのですが、とりあえず行った全大学で運良く、日本人在校生とアドミッションの方の両方と話をすることが出来た。その中で、大学の方針、生活環境、学生、教授やスタッフがどのようなものなのか、実際イメージを持つことが出来たのは、来ないよりも全然良かったと思います。

このキャンパスビジットで得た、自分がどう大学を生かして行きたいかのイメージを元に、あとはレジュメとエッセイと推薦状の3つを総合してどんな自分の人物像を浮かび上がらせるか、もう一度帰国してカウンセラーの方とも相談しながら、パズルのピースを埋めていきました。私の場合、最初に書いたHaasは、キャンパスビジットなどから自分で行って何したいか具体的なイメージを結構持てていたために、推薦者もストレートに仲の良い上司に一任することが出来ました。

その一方、他大学の場合で失敗したのは、推薦者に選ぶことも含めて志望大学MBA出身の上司に相談しに行ったところ、その方とディスカッションをしていくうちに、自分の人物像や志望動機などをより一層際立たせるための推敲を何度も何度も重ね、自分のその部分を特に説明できる方に無理やり推薦者になっていただいたり、かなり工夫を凝らしました。その結果、読み物としては迫力のあるエッセイと推薦者達が並んだのですが、結果インタビューには進めず。今思えば、あまりにも深彫りされすぎて、単純な素の私とはかけ離れてしまったような気がしています。

学びとしては、
・ 自分が何故、そこの、MBAに行きたいか明確なイメージを持つために、キャンパスビジットは行ければとても役に立つ
・ キャンパスビジットでは、工夫して現場にいる人を捕まえて話す機会を探るべき。たとえ授業が始まって無い時期でも、学生やスタッフを見つけて話すことは可能
・ エッセイを書くにあたって、カウンセラーをつけたり、MBAのことを判っている上司先輩に見てもらうことは、エッセイの内容強化のためには非常に役に立つ
・ しかし一方で、多くの方のフィードバックを受けすぎて、「凄すぎる自分」が紙の中で一人歩きしているようでは、やりすぎ。素のままの自分をシンプルに表現されている方が良いようである
・ 推薦状の人選は重要。人と状況にもよるが、無理に奇をてらって人を選ぶよりは、自分のことを良くわかっている信頼できる上司に、素直に任せてしまった方が良いかもしれない

7 インタビュー

1stで出していたので、スケジュールどおり12月中旬にインタビューへの招待メールが来ました。「アドミッションへ直接話しに行った方が、卒業生と話すよりダイレクトに伝わるから、行けるならHaasへ行ってインタビューを受けたほうがいい」という意見もありましたが、私の場合Haasを一度訪れていることはエッセイにも書いたので、それは関係ないと信じて普通に東京でアルムナイのインタビューを受けました。準備としては、まずWeb上にインタビューでよく聞かれる問題を載せているサイトが幾つかあったので、それを参考にしながら自分で想定問答集を作って答えられるようにし、これを持って一度カウンセラーと模擬面接練習を行いフィードバックを受けました。時間的にこれを一回しするので精一杯でした。当日は、卒業生のインタビュアーの職場へ赴き、1時間程度様々な質問を受けたり、私からHaasについて質問する中で、英語力を含めて私がHaasにふさわしいかどうかを確認されたのだと思います。

8 合格、その後

1月末に無事合格通知を直接電話で頂いた時は、非常に嬉しかったです。その後は他の大学の結果も見つつ、実は自分の周りの環境が変化したことで、そもそもMBAに行くのが本当に今の自分にベストな行動なのかどうか、もう一度考え続ける日々が続きました。4月にDepositを入金した後も尚、わかりませんでしたが、最終的に5月半ば、ギリギリのタイミングにHaasに決定し、今に至っています。この期間に、単純な大学間の比較は勿論、エッセイに書いた内容を現実に引き戻して、MBAに行く意義を納得いくまでじっくり吟味し直したことは、後に大学に来た後にスタートダッシュはもちろん、目的を見失いそうになったときに立ち戻る場として、非常に役立っていると思います。

結局、全力かつ冷静に最後まで諦めずにやりきることで、その結果として、その自分に、一番あった大学へ自然と引き込まれていくんじゃないかな、と考えています。最後に、これを読んでいただいた方の幸運と成功をお祈りし、Haasでお会いできることを楽しみにしています。